ステーブルコインは街の日常決済になるか 4社が語った普及の条件と「Payment 3.0」

キャッシュレス決済が身近になり、現金を持ち歩かない日も珍しくなくなりました。その一方で、ブロックチェーン上で発行されるステーブルコインは、保有したり送金したりできても、街中の店舗で商品を買う手段としては、まだ十分に定着していません。新しい通貨や技術が日常に根付くためには、送金できるだけでなく、会計から商品の受け渡し、返金、売上管理までを無理なく行える仕組みが必要です。

こうした課題を考えるイベント「Payment 3.0:ステーブルコインは、本当に街で使えるのか。」が2026年10月2日、東京・大手町のFINOLABで開かれました。主催したのは、自動販売機や店舗向けに決済端末と加盟店システムを提供するINSPAYです。JPYC、Mysten Labs、HashPortの担当者らが登壇し、ステーブルコイン決済を実証段階から日常利用へ移すための条件を話し合いました。

「使える」の先にある日常利用へのハードル

INSPAY事業開発責任者 田中夏子氏

イベントでは、Suiブロックチェーンのオリジナル・コントリビューターである米Mysten Labsによる講演に続き、日本円ステーブルコイン「JPYC」を発行するJPYCの岡部典孝代表取締役、HashPortの中山貴人ビジネス開発部長、INSPAYの田中夏子事業開発責任者が登壇しました。CoinPostの古田鴻之介氏が進行を務め、ウォレット、発行体、店舗、決済端末をどのようにつなぐかが議論されました。

INSPAYの田中氏は、世界のステーブルコイン発行量が約3,060億ドルに達する一方、決済利用は世界の決済額の約0.02%にとどまると説明しました。日本では2025年のキャッシュレス決済比率が58%となり、自動販売機や自動サービス機も同年末時点で約388万台あるため、利用の受け皿になり得る場所は少なくありません。

現金を「Payment 1.0」、カードやQRコード決済を「Payment 2.0」とすれば、ステーブルコイン決済は次の「Payment 3.0」に位置付けられます。支払いと着金をほぼ同時に行えるほか、売上を自動分配するような「プログラムできるお金」としての活用も想定されています。

INSPAYが手がける自動販売機や店舗向けの決済端末

ただし、実店舗では送金の成功だけで会計は完了しません。注文と入金を正しく結び付け、商品やサービスの提供まで確実につなぐ必要があります。京都市内の自動販売機やWebXで実証を重ねてきた田中氏は、「使える。そして次の課題は使い続けられること」と語り、1年以内の商用利用を目標に掲げました。

約1秒の決済を支えるSuiの技術設計

Mysten Labs Chief of Staff Bauer Wann氏

Mysten LabsのChief of Staffを務めるBauer Wann氏は、Suiが備える決済インフラとしての特徴を紹介しました。同社とINSPAYは2026年7月に戦略的協業を発表し、日本におけるステーブルコイン決済の社会実装と、将来的なアジア太平洋地域への展開を目指しています。

Suiは複数の取引を同時に処理する並列処理を採用し、応答の高速化と手数料の予測しやすさを重視しています。対象となるステーブルコインの送金では、利用者が手数料の支払い用にSUIを別途保有しなくても済む仕組みも発表されています。少額の支払いを繰り返す場面では、こうした負担の少なさが重要になります。

会場ではJPYCとUSDsuiを使ったクレーンゲームの決済体験も行われました。ブロックチェーン上の取引を、画面の中だけでなく実際の消費行動へつなげた事例です。

店舗の低コストだけでは足りない利用者のメリット

左から田中夏子氏と、HashPort 中山貴人氏、JPYC 岡部典孝氏、CoinPost 古田鴻之介氏

座談会では、店舗の決済手数料が下がるだけでは、利用者が支払い方法を変える理由になりにくいという意見が示されました。

JPYCの岡部氏は、カード決済では店舗が約3%の手数料を負担し、利用者が約1%のポイント還元を受ける構造に触れました。一方、ステーブルコインは決済事業者を介さないため、そのままでは同様の還元が生まれません。削減できた手数料の一部を値引きに回すなど、利用者にも分かりやすいメリットを設計する必要があります。

JPYCは韓国の暗号資産取引所Upbitで取引が始まってから約2週間で、保有量の約半数が韓国側になったといいます。国境を越えて保有者が増える可能性が見える一方、それだけで街中の決済利用が増えるわけではありません。保有する理由と使う理由の両方が求められます。

数秒の違いが左右する速度と店舗運用

HashPortの中山氏は、2025年大阪・関西万博の公式ウォレットを前身とする「HashPort Wallet」を紹介しました。現在は、お好み焼き店や京都の自動販売機におけるJPYC決済に対応するほか、ローソンの既存POSシステムと連携する実証にも取り組んでいます。

一方、オンチェーン決済では処理に最大20秒程度かかる場合があります。交通系ICとクレジットカードのタッチ決済にわずかな速度差があるだけでも、利用者は遅さを感じると中山氏は指摘しました。これに対し、Suiを利用したINSPAYの自動販売機やクレーンゲームでは、約1秒で決済できる例が紹介されています。

イベント会場では、JPYCとUSDsuiによるクレーンゲームの決済体験を実施

返金処理やPOSとの接続、本部と各店舗の権限管理、売上集計も欠かせません。HashPortは法人向けの「HashPort Wallet for Biz」を提供し、決済後の店舗運用を含めた仕組みづくりを進めています。

行政・AI・既存アプリまで広がる連携先

今後の展開として挙がったのが、政府や自治体、通信キャリア、SNS、決済事業者との連携です。岡部氏は、給付金や納税にJPYCを利用できれば、保有者が増える可能性があるとの見方を示しました。特定のウォレットに囲い込まず、既存アプリに組み込むことで、同じ残高をさまざまな場所で使える形を目指しています。

中山氏は、AIが自律的に支払いを行う場面を想定した「HashPort Wallet MCP」にも言及しました。田中氏は訪日客の多い観光地や駅、空港の自動販売機との連携を挙げ、海外の保有者が日本で実際に使える場所を増やしたいとしています。

技術を意識せず使える決済への一歩

今回の議論で印象的なのは、ステーブルコインを送れるかどうかよりも、使い続けられる仕組みが重視されていた点です。決済の速さ、利用者への還元、返金や売上集計、既存POSとの接続など、普及の条件は現在の店舗運営と地続きにあります。新しい技術だからこそ特別な使い方を求めるのではなく、いつもの買い物へ自然に溶け込ませる視点が欠かせません。行政サービスや既存アプリ、訪日客向けの決済、AIによる支払いなど、想定される利用場面も広がっています。利用者がブロックチェーンやウォレットを強く意識しなくても、速く、分かりやすく、安心して支払えること。その環境が整ったとき、ステーブルコインは実証実験の主役から、街の日常を支える選択肢の一つへ変わっていくのかもしれません。

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