捨てられる紙を市役所の名刺へ、高岡市「ヤレ紙事業」が示す資源循環のかたち

ものを再利用するとき、いったん原料へ戻して新しく作り直す方法だけが答えとは限りません。まだ使える部分や、すでに刻まれた模様をそのまま生かすことで、以前とは違った役割や価値が生まれることもあります。印刷の途中で生じる「ヤレ紙」も、そうした可能性を持つ素材のひとつです。

富山県高岡市とクリエイティブスタジオのROLE(株式会社ROLE)が取り組む「ヤレ紙事業」が、「TOYAMA ADC賞 2026」でADC賞を受賞しました。授賞式は2026年10月3日、富山市民プラザで行われました。廃棄されるはずだった紙を市職員の名刺や封筒へ転用し、一枚ごとの違いもデザインとして生かす取り組みです。2023年に行政内部で始まった小さな循環は、民間企業との協働へ新たな一歩を踏み出しています。

高岡市「ヤレ紙事業」で生まれた一枚ずつ異なる名刺

「ヤレ紙」とは、ポスターやチラシなどを印刷する際、色味や濃度、版の位置を調整するために使われ、完成品としては納品されない紙を指します。印刷物としての役目は果たさないものの、紙そのものが破損しているわけではありません。

高岡市では2023年から、市が発行する印刷物のヤレ紙を回収し、市職員が使う名刺や封筒へ再利用してきました。紙の厚さに合わせ、冊子の表紙などに使われる厚手の紙は名刺へ、チラシなどの薄い紙は封筒へと作り分けています。

特徴的なのは、もともと刷られていた写真や色、模様を隠さず、その上から新たな情報を印刷していることです。同じ印刷物から生まれた紙でも、切り取られる位置によって仕上がりは変わります。整然と同じものが並ぶ通常の名刺とは異なり、偶然生まれた一枚ずつの表情が、再利用ならではの個性になっています。

厚手のヤレ紙を名刺、薄手のヤレ紙を封筒に再利用した例
紙厚(表紙などの分厚い紙やチラシなどの薄い紙)に合わせて、名刺・封筒と作り分けます
冊子の表紙やイベントポスターのヤレ紙から作られた高岡市職員の名刺
左:冊子の表紙印刷で発生したヤレ紙を名刺に転用 右:イベントポスターのヤレ紙を名刺へ

印刷の品質を整えるために欠かせない試し刷り

オフセット印刷の調整工程でヤレ紙が発生する仕組み

ヤレ紙が生じる背景には、オフセット印刷特有の工程があります。多くのカラー印刷では、C(シアン)、M(マゼンタ)、Y(イエロー)、K(ブラック)の4色を細かな網点として重ね、さまざまな色を表現します。

最初から4色の版をずれなく重ねることは難しく、印刷現場では正しい位置になるまで試し刷りを繰り返します。わずかなずれでも絵柄や文字の見え方に影響するため、職人による細かな調整が必要です。

CMYKの版ずれを調整するために行われるテスト印刷
版ずれ

インクの濃度も、刷り始めからすぐに安定するとは限りません。ローラーへ移したインクが紙に適切な濃さで定着するまで、一定量の紙を使って確認を続けます。さらに、版と濃度を整えた後にも、赤みや青みが強く見える「色がころぶ」状態が起きる場合があります。

インク濃度が安定するまで繰り返される試し刷り
濃度調整
赤みや青みなど印刷物の色味を整える調整工程
色味調整

食品や風景、人物を扱う印刷物では、こうした色の偏りが伝わり方を大きく左右します。そのため、デザイナーが印刷現場に立ち会い、意図した色へ近づくまでテストを重ねることもあります。ヤレ紙は単なる失敗作ではなく、印刷物の品質を支える調整の過程で、どうしても発生するものなのです。

再利用を難しくする、著作権や肖像権の壁

まだ使える紙であっても、印刷所がすべてのヤレ紙を自由に再利用できるわけではありません。紙面に残る写真やイラストには、著作権や肖像権などが関係する場合があるためです。他社から預かった印刷物を、印刷所の判断だけで別の用途へ転用することはできません。

著作権や肖像権に配慮し、写真部分を銀色で覆ってヤレ紙を名刺に加工する工程

そこで高岡市の事業では、まず権利関係を整理しやすい、市が発行する印刷物のヤレ紙から活用を始めました。さらに2026年には、ROLEが企業へ個別に協力を呼びかけ、取り組みの趣旨に賛同した民間企業の印刷物も使われるようになりました。

薄手のヤレ紙を再利用して作られた高岡市役所の封筒

資源があるだけでは循環は生まれず、提供する側の理解や同意も欠かせません。行政の中で完結していた仕組みに民間企業が加わったことは、地域で資源を生かす選択肢を少しずつ増やす動きといえそうです。

受賞を励みに描く、地域へ広がる協働の輪

高岡市役所生活環境文化部環境政策課の鍛冶正博さんは、ADC賞の受賞を喜ぶとともに、これまで廃棄されていた資源へ新たな価値を見いだし、民間事業者と協力しながら資源循環の輪を地域全体へ広げたいとコメントしています。

TOYAMA ADC賞 2026の賞状を掲げる高岡市役所環境政策課の鍛冶正博氏

事業はまだ試行錯誤の途中であり、今後は印刷会社や製造業をはじめとする企業との共創も募っています。ヤレ紙に限らず、事業活動の中には、用途を終えたように見えても、視点を変えれば再び使える資源が残されているかもしれません。

行政が実践の場をつくり、企画やデザインの専門家が新しい使い方を考え、企業が素材の提供に協力する。異なる立場が無理のない範囲で役割を持ち寄ることが、地域に根ざした循環につながっています。

<企画・デザイン>

ヤレ紙事業の企画とデザインを担当した株式会社ROLEの羽田純氏

株式会社ROLE
羽田純さん(ディレクター/デザイナー)

1984年大阪府生まれ。ギャラリーで8年間キュレーションを担当した後、2015年に富山県高岡市で事務所を開設しました。行政や企業、団体などのプロジェクトに携わり、言葉と企画の面白さを生かしたクリエイティブを手がけています。

JAGDA、TOYAMA ADC、高岡伝統産業青年会に所属。TOYAMA ADCグランプリ、とやまクリエーター大賞、富山県デザイン展大賞など、国内外で受賞・入選歴があります。近年は高岡市や富山県、サントリー美術館、北日本新聞社などの仕事を担当しています。

紙に残された跡を、新しい価値へ読み替える発想

高岡市のヤレ紙事業で印象的なのは、元の印刷を消して均一な紙へ戻すのではなく、写真や色、ずれまで含めて次のデザインに取り込んでいる点です。再生紙へ加工する方法とは異なり、紙を溶かし直さず、そのまま次の用途へつなげることで、一枚ごとの個性も残しています。

資源循環という言葉は大きく聞こえますが、その始まりは「まだ使えるのではないか」という素朴な問いです。権利関係を丁寧に整理し、協力者を少しずつ増やしてきた今回の取り組みは、身近な廃棄物を見直すヒントにもなります。捨てる前に、素材の姿を生かした次の用途を考えてみる。そんな小さな発想の転換が、地域の企業や人を結びながら、無理なく続けられる循環の形を育てていくのかもしれません。

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