
駅や商業施設で傘を置き忘れ、結局見つけられなかった経験がある人もいるのではないでしょうか。持ち主のもとへ戻らなかった傘は、保管期間を終えると処分されることがあります。まだ使える状態であっても、行き場を失ってしまうのが現状です。一方、外出先で急な雨に遭い、「近くに傘を買える場所がない」「短時間の雨のために新品を買うのはもったいない」と感じる場面も少なくありません。
こうした二つの困りごとをつなぐ試みとして、JR西日本、姫路情報システム専門学校、合同会社Oは、持ち主不明の忘れ物傘を再利用するセルフ販売の実証実験を始めました。姫路駅周辺の郵便局や銀行、ホテルなどに販売ラックを設け、処分予定だった傘を地域の中で再び循環させます。
処分予定の忘れ物傘を街の9施設へ

今回の実証実験で扱うのは、JR西日本で保管満期を迎え、処分される予定だった忘れ物傘です。JR西日本の近畿エリアだけでも、忘れ物として扱われる傘は年間10万本以上にのぼり、その8割以上は持ち主が分からないまま処分せざるを得なかったとされています。
国内では年間約8,000万本の傘が廃棄されているといい、忘れ物傘の再利用は身近な廃棄物を減らす一つの方法になります。まだ十分に使える傘を必要とする人へ届けることで、新たな傘の生産と廃棄を抑え、地域全体の環境負荷軽減につなげる取り組みです。
実施期間は2026年6月9日から11月30日までの予定です。姫路郵便局、姫路将軍橋郵便局、りそな銀行姫路支店、みなと銀行姫路支店、リッチモンドホテル姫路、姫路情報システム専門学校、三木美術館など、姫路エリアの全9施設にセルフ販売ラックが置かれています。
急な雨でも選べるセルフ販売の仕組み

販売ラックには一般的な雨傘だけでなく、夏場に役立つ晴雨兼用の日傘や、状態の良いブランド傘も並びます。価格は傘の種類や状態に応じて税込199円から1,999円まで。すべての傘は事前に検品され、持ち手部分の除菌も行われています。
利用者は施設の営業時間内であれば、販売員を介さずに傘を選べます。支払いにはラックに掲示されたQRコードを使用し、PayPayまたは各種クレジットカードによるオンライン決済に対応します。郵便局や銀行、ホテルといった日常的に立ち寄る施設で購入できるため、急な雨や強い日差しに見舞われたときにも利用しやすい仕組みです。
傘1本を再利用することで削減できるCO2は約692グラムとされ、Lサイズのレジ袋約23枚分に相当します。一度の買い物による効果は小さく見えても、利用が積み重なることで廃棄削減と資源の循環に結びつきます。
学生のデザインが販売ラックの目印に

実証実験には、地域の学生が参加する産学連携の要素も取り入れられました。JR西日本と姫路情報システム専門学校が連携し、同校の学生を対象として、セルフ販売ラックに掲示するポスターデザインを募集しました。
集まった12作品から3作品が選ばれ、JR西日本と同校による編集作業を経て、全設置施設のラックに掲示されています。学生が制作したデザインが実際の街で人の目に触れ、サービスの利用を促す役割を担います。
学内の課題だけで完結するのではなく、作品が社会で使われることも大きな特徴です。環境問題や地域の利便性を考えながらデザインする経験が、学生の実績づくりや新たな挑戦を後押しする機会にもなっています。
リユース傘にアートを重ねる次の展開
今後は、傘をそのまま再利用するだけでなく、アートによって新たな価値を加える「re:bon」プロジェクトも展開される予定です。その第一弾として、合同会社Oとの共同企画「てつ傘アートコンペ」が行われます。
学生などを対象に「鉄道」をテーマとしたデザインを募り、優秀作品をリユース傘に施したオリジナルアート傘「てつ傘-TETSUKASA-」として販売する計画です。処分されるはずだった傘を作品へと生まれ変わらせるとともに、若手クリエイターが表現に挑戦する場にもつなげます。
忘れ物を単に安く販売するのではなく、デザインや物語を加えて「選びたくなる傘」へ変えていく試みです。環境への配慮を身構えて考えるのではなく、気に入ったデザインを選ぶ楽しさから参加できる点も印象的です。
販売から施設向けレンタルまで広がる構想

施設や企業に向けて、雨傘と日傘をまとめて提供する一括レンタルサービスの構築も進められています。施設利用者の雨天時の不便や熱中症対策に、比較的低い負担で対応できる仕組みを目指すもので、すでに姫路などのホテルで検証が始まっています。
導入する施設にとっては、利用者へのおもてなしと環境への配慮を同時に取り入れられることが利点です。実証実験を通じて事業性を確かめながら、2030年度までに販売とレンタルを合わせて全国約3,000カ所への設置を目標としています。
今回の取り組みは、JR西日本グループが社員から事業アイデアを募る「アイディア公募制度」への提案をもとに実現しました。社内で生まれた発想が、学校や企業、地域施設との連携を通じて具体的な形になった事例でもあります。
「忘れ物」から始まる身近な資源循環
持ち主不明の傘は、保管期間を過ぎれば処分されるものとして見過ごされがちです。しかし、急な雨に困っている人の手に届けば、もう一度役割を持つことができます。今回の実証実験で興味深いのは、廃棄削減だけを目的とせず、街の利便性や学生の学び、若手クリエイターの表現まで、一つの傘を起点に複数の価値をつないでいるところです。セルフ販売なら日常の中で無理なく利用でき、気に入った傘を選ぶ行為そのものが資源循環への参加になります。まずは姫路の9施設から始まった小さな仕組みが、実際の利用者にどう受け入れられるのか気になるところです。忘れ物を「不要になったもの」ではなく「次の人が使える資源」と捉える視点は、傘以外の身近な品にも広げられるかもしれません。

