海洋ごみを価値あるアートへ「対馬WAVEプロジェクト」が海の日に始動

ペットボトルや容器など、暮らしの中で使われるプラスチック製品。その一部は適切に回収されず、川や海を通じて遠く離れた場所へ流れ着きます。海岸に漂着したごみを目にしても、どこか遠い地域の問題に感じてしまうことがあるかもしれません。しかし、海に国境はなく、流れ着いたごみは世界の暮らしがつながっていることを静かに伝えています。

なかでも長崎県対馬市は、国内最大級の漂着ごみを抱える地域です。こうした課題を回収や処分だけで終わらせず、新たな価値へ変えていこうと、大丸の地域共生プロジェクトチーム「九州探検隊」は、対馬市とのSDGs包括連携協定をもとに実行委員会を設立。2026年7月20日の「海の日」、「対馬WAVEプロジェクト ~地球への恩返し~」を始動しました。

年間約4万立方メートルが漂着する対馬の海岸

対馬市によると、島の海岸には1年間で約4万立方メートル、25メートルプール約100杯分にあたる海洋ごみが漂着しています。市の予算と国の補助金を合わせて年間約2.8億円を投じても、回収・処理できる量は全体の約3割にとどまるといいます。

漂着ごみの約7割は、海を越えて運ばれてきた海外由来の「越境ごみ」です。漂着したペットボトルを対象とする市の調査でも、約6割が海外由来でした。一方、対馬を訪れる観光客には、韓国をはじめとする海外からの来訪者も多くいます。

さまざまな国や地域からごみと人が集まる対馬は、海洋環境の問題を一つの地域だけでなく、世界とつながる課題として考えられる場所です。訪れた人が自国の暮らしと海の現状を結び付けるきっかけにもなりそうです。

対馬産100%の海洋プラスチックを公共空間のアートへ

プロジェクトの最初の取り組みとして計画されているのが、対馬で回収された海洋プラスチックごみを100%使用したパブリックアートの制作です。完成した作品は、対馬の港への設置が予定されています。

目指しているのは、ごみを単に「回収・処分するもの」と考えるのではなく、「対馬から生まれる素材」として捉え直すことです。廃棄物に手を加え、より価値の高いものへ生まれ変わらせるアップサイクルの考え方を取り入れています。

素材化の技術支援と工程の設計には、プラスチックのアップサイクルに取り組むムツミ工業とPrecious Plastic唐津が協力します。海岸での回収から素材化、作品制作、都市部での情報発信までをつなぎ、今後はさまざまな制作物に使える、対馬ならではの素材を生み出していく考えです。

伝統と現代をつなぐ中村弘峰さんが制作を監修

アート制作を監修するのは、福岡市の中村人形 四代目・中村弘峰さんです。中村さんは1986年に福岡市で生まれ、東京藝術大学大学院を修了。日本工芸会正会員として、2023年の日本伝統工芸展 朝日新聞社賞や、2025年の福岡市文化賞などを受賞しています。

五月人形と現代のアスリートを組み合わせた「アスリートシリーズ」、自然のまなざしを表現した「グリーンアイズシリーズ」など、伝統的な技法に現代的な感覚を重ねた作品を手がけてきました。

中村さんの曾祖母は対馬出身です。2026年2月末には、漂着ごみがあふれる対馬市の海岸を視察しました。世界各地の海を漂ってきたプラスチックを博多人形の技法と結び付け、公共空間に置かれる作品へ変えていきます。作品イメージは、制作の進行に合わせて順次公開される予定です。

作品の一例

「対馬だけの問題」にしない三者の思い

対馬市長の比田勝尚喜さんは、古くから大陸と日本を結ぶ「国境の島」として歩んできた対馬の海が、現在は世界中のごみが流れ着く最前線になっていると説明。島を訪れる人や都市で暮らす人と課題を考える「創造の回路」へ変える挑戦だとコメントしています。

博多大丸の村本光児社長は、2022年のSDGs包括連携協定から続けてきた啓発活動が次の段階に進んだことに触れ、アートを通して対馬の現状を知り、これからの行動を考える一助になってほしいとしています。

中村さんは、対馬の海洋プラスチックごみについて、世界中の海が抱える汚染の「氷山の一角」でもあると指摘しました。環境が悪化すれば、受け継いできた伝統工芸を未来につなぐことも難しくなるとして、曾祖母の故郷である島のためにできることを形にしたいとの思いを寄せています。

海の「波」と人の「輪」を重ねるプロジェクト

世界では年間約800万トンのプラスチックごみが海へ流れ込んでいるとされ、その量はジャンボジェット機約5万機分に相当します。すでに多くの企業が対馬の海洋環境保全や啓発活動に取り組んでいますが、海を介して運ばれるごみは、一つの地域や組織だけで解決できるものではありません。

「WAVE」という名称には、海の「波」に加え、人と人がつながる「輪」、小さな行動が大きなうねりになることへの願いが込められています。海岸をきれいにするだけでなく、学び、伝え、関わる人を増やしながら、次の世代へつなぐ活動を目指します。

円滑な運営と関係者間の連携に向けて、「対馬WAVEプロジェクト事務局」も設置されます。進行管理や関係機関との調整、情報発信などを担い、企業や個人、組織へ参加の輪を広げていく予定です。

漂着したごみから始まる、海との向き合い方

海洋ごみという大きな課題を前にすると、一人の行動では変えられないように感じることもあります。今回の取り組みで印象的なのは、回収したプラスチックをただ処分するのではなく、その土地にしかない素材として見つめ直し、アートを通じて多くの人の目に触れる形へ変えようとしている点です。対馬の港に作品が置かれれば、美しさを楽しむだけでなく、その素材がどこから来たのかを想像する時間も生まれるでしょう。伝統工芸、環境保全、地域とのつながりが一つの作品に重なることで、遠く感じていた海の問題が、日々の買い物やごみの出し方と結び付いて見えてくるかもしれません。対馬から起こる小さな波が、暮らしを振り返る穏やかなきっかけとなることに期待したいところです。

おすすめの記事