金融や保険、防災にも広がる衛星データ活用 JAXA×CONSEO合同イベントで語られた現在地
パネルディスカッション「産官学金による衛星データ利用エコシステムの共創」

人工衛星から得られるデータは、天気予報や地図だけでなく、不動産の評価、災害時の保険金支払い、インフラの維持管理など、幅広い場面で使われ始めています。ただ、衛星画像を取得するだけで社会の課題が解決するわけではありません。データを誰が使い、現場の情報や既存サービスとどう組み合わせるのか。技術を実際の価値へ変えるためには、宇宙分野の企業だけでなく、金融機関や保険会社、コンサルティング会社などとの連携も重要になります。

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙戦略基金事業部と衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)は2026年8月3日、初の合同イベント「産官学金による衛星データ利用エコシステムの共創」を開催しました。パネルディスカッションには各分野の実務者が登壇し、金融や保険における活用、海外市場への展開、AIと現地データの関係、M&Aを通じた事業強化などについて意見を交わしました。

金融機関も利用者になる衛星データの新たな位置付け

パネルディスカッションには、国際航業の新井邦彦さん、東京海上ホールディングスの藤木潤一郎さん、デロイト トーマツ スペース アンド セキュリティの栃木佑太さんが登壇。三菱UFJ銀行の橋詰卓実さんがモデレーターを務めました。

橋詰さんは、衛星やロケットを開発・製造する「アップストリーム」では企業同士の部分的な提携が中心である一方、衛星データを利用する「ダウンストリーム」ではM&Aが起き始めていると説明しました。そのうえで、衛星データを「DXを実現するための重要なデジタルツール」として捉えるべきだと指摘しています。

三菱UFJ銀行 産業リサーチ&プロデュース部 宇宙イノベーション室長の橋詰卓実さん

三菱UFJ銀行では、衛星データを不動産担保の評価に活用することも検討されています。橋詰さんは、金融機関が資金を供給するだけでなく、自らデータを使う利用者となり、さらに利用企業と技術企業をつなぐハブとしての役割も担っていく必要があるとの考えを示しました。

保険金の支払いから復旧・復興までを支える仕組み

金融分野における具体例として、藤木さんは東京海上グループの取り組みを紹介しました。同グループでは現在、収益の約7割を海外事業が占めており、保険に続く成長分野としてソリューション事業の拡大を進めています。なかでも、防災・レジリエンス分野は保険との親和性が高く、衛星データの利用が進む領域です。

藤木さんによると、活用のきっかけは保険金支払い業務の高度化でした。大規模災害の発生時には、地上から被害状況を短時間で把握することが難しい場合があります。衛星データで被災範囲を広く確認できれば、保険金支払いの迅速化につながります。

東京海上ホールディングス ソリューション事業部 レジリエンス事業開発G マネージャーの藤木潤一郎さん

現在は災害後の確認だけでなく、災害前のリスク評価にも利用範囲が広がっており、見えにくかったリスクの可視化は新しい保険商品の開発にもつながると説明しました。

宇宙戦略基金事業では、日本工営と連携し、「保険と衛星ソリューションの一体提供モデル構築による防災基盤強化」に取り組んでいます。平時のインフラモニタリング、災害前のリスク評価と予防、発災時の被害把握、災害後の復旧・復興までを切れ目なく支える構想です。

藤木さんは、保険金を支払って終わるのではなく、その後の復旧や、将来の災害に強いインフラへの再構築まで支援することが重要だと語りました。衛星データを保険業務の効率化にとどめず、防災全体を支える仕組みの一部として位置付けていることが分かります。

東京海上グループが宇宙戦略基金事業を通じて目指す姿

海外展開で押さえたい政策と産業構造の二つの視点

海外市場への展開について、栃木さんは「相手国の政策を理解すること」と「産業構造を理解すること」という二つの視点を挙げました。

各国の宇宙政策には、その国が抱える社会課題や産業ニーズが反映されています。衛星データによってどのような課題を解決しようとしているのかを把握することが、市場へ入るための第一歩になると説明しました。

デロイト トーマツ スペース アンド セキュリティ 宇宙領域 シニアマネジャーの栃木佑太さん

また、衛星データの利用は宇宙産業の中だけで完結するものではありません。栃木さんはオーストラリアを例に挙げ、農業や鉱業、金融・保険、防災など、州ごとに形成された非宇宙分野の産業クラスターで利用が広がっていると紹介しました。

進出を検討する企業には、宇宙業界だけを見るのではなく、現地の利用企業や自治体、産業団体まで含めたエコシステム全体への理解が求められます。

デロイト トーマツ スペース アンド セキュリティは、宇宙戦略基金事業の「日豪・太平洋島嶼国における衛星事業プラットフォームの構築・推進」に取り組んでいます。日本企業と現地政府、企業、研究機関・アカデミアなどを結ぶ橋渡し役を目指しています。

デロイト トーマツ スペース アンド セキュリティが宇宙戦略基金事業で取り組む「日豪・太平洋島嶼国における衛星事業プラットフォームの構築・推進」

AIだけでは分からない変動要因を現地データで補完

約50年にわたりリモートセンシング事業を展開してきた国際航業からは、AIと現地データを組み合わせる取り組みが紹介されました。同社は宇宙戦略基金事業で2件のプロジェクトに採択され、その一つとして「Agentic AIによるInSAR変動マップの変動要因解釈基盤構築」を進めています。

衛星画像から地盤の変動を検出する技術はすでに実用化されています。しかし、画像から変動を見つけるだけでは、なぜ地盤が動いたのかまでは判断できません。そこで、地形や地質、気象情報、現地測量データなどを集合知として統合し、Agentic AIによって変動要因まで解析できる仕組みの構築を目指しています。

国際航業が宇宙戦略基金事業で取り組む「Agentic AIによるInSAR変動マップの変動要因解釈基盤構築」

新井さんが強調したのは、「グラウンドトゥルース」と呼ばれる現地データの重要性です。例えば森林解析では、現地で測った樹木の直径や高さと衛星画像を照合することで、初めて精度の高い分析が可能になります。

新井さんは、AIだけですべての課題を解決できるわけではなく、現場への理解と現地データを衛星データに組み合わせることで価値が生まれると説明しました。

国際航業 事業統括本部RSソリューション部 技術企画担当部長の新井邦彦さん

日本企業が丁寧に現地データを取得し、衛星データとの整合性を確認する姿勢は、海外でも評価されているといいます。

M&Aで問われる既存事業との組み合わせ方

ディスカッションでは、M&Aによる競争力強化についても意見が交わされました。東京海上ホールディングスは2025年、日本工営を傘下に持つID&EホールディングスをM&Aしています。

藤木さんは、M&Aで重視する観点として「カルチャーフィット」「高い収益性」「強固なビジネスモデル」の三つを挙げました。日本工営とはM&A以前から防災コンソーシアムなどを通じた連携があり、互いの強みや事業上の相乗効果を理解したうえで統合へ進んだと説明しています。

東京海上HDの海外事業成長・M&Aの軌跡

デロイト トーマツ グループも2026年、衛星リモートセンシングを利用したカーボンクレジットの信頼性評価を手掛けるサステナクラフトをグループに迎えました。

栃木さんは、衛星解析技術の獲得だけが目的ではないと説明しています。既存のサステナビリティ関連サービスと技術を組み合わせ、戦略立案から実装、運用まで一貫して支援できる体制を強化することに価値があるとの考えです。

両社に共通するのは、宇宙事業への参入自体を目的にせず、既存事業の競争力や提供価値を高める手段として衛星データを捉えている点です。

技術の先にある課題から考える衛星データ活用

今回の議論で印象的なのは、衛星データが単独で価値を生むのではなく、保険、防災、インフラ、金融、環境対応など、すでに存在する課題やサービスと結び付くことで力を発揮するという点です。橋詰さんが示した金融機関のハブ機能、藤木さんが語った災害前から復興までの支援、栃木さんが挙げた現地の政策・産業への理解、新井さんが強調した現地データの重要性は、それぞれ異なる立場から同じ方向を示しています。AIや衛星画像だけに答えを求めるのではなく、現場の知識と多様な組織の強みを組み合わせること。その積み重ねが、宇宙の技術を社会で日常的に使える仕組みへ変えていくのかもしれません。

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