スポーツ人材は地域でどう生きる?名寄市に見る官民連携と新しいキャリア、これからの地域経営の形

スポーツに関わる仕事と聞くと、選手や指導者、クラブ運営など、競技の現場を思い浮かべる人が多いかもしれません。一方、地域に目を向けると、健康づくりや教育、観光、福祉、人材育成など、スポーツの経験を生かせる場は多方面に広がっています。人口減少や担い手不足に直面する自治体にとっても、分野を越えて人や組織をつなげられる人材の存在は、地域の課題を考えるうえで重要になりつつあります。

公益財団法人笹川スポーツ財団は2026年10月30日、一般財団法人Nスポーツコミッションなよろ、北海道名寄市とともに、セミナー「『スポーツ×社会』のイノベーションは地域から起きる ~スポーツの仕掛け人は、これからどこで活躍するのか~」を開催しました。会場とオンラインを合わせて250人が参加し、スポーツ人材のキャリアや地域で働くことの可能性、官民連携によるまちづくりについて意見が交わされました。

観客7人から始まった地域クラブ経営の歩み

第1部では、東京大学特任教授でファジアーノ岡山オーナーの木村正明さんが、「逆境からの挑戦 ~誇りを持って地域と生きる~」をテーマに基調講演を行いました。木村さんはゴールドマン・サックス証券からJリーグクラブの経営へ転身し、地域とともにクラブを育ててきた人物です。

地域スポーツと人のつながりについて講演する木村正明氏
「人とのつながりこそが最も重要」と語る木村正明氏

クラブ経営を始めた当初、試合を見に来た観客は7人で、スポンサーは6社、協賛金は約4,000万円だったといいます。その後、地域の企業を一社ずつ訪ねて関係を築き、現在はスポンサー約2,900社、スポンサー収入約20億円まで拡大しました。

協賛に至るまで営業担当者が10年間通い続けた事例や、人から人への紹介で支援が決まったケースも紹介されました。短期間の成果だけを求めるのではなく、自治体や経済界、町内会など、地域のさまざまな層と信頼を積み重ねてきたことが、クラブの成長を支えたといえそうです。

組織の壁を越えてつくる名寄市のスポーツ基盤

第2部では、笹川スポーツ財団の澁谷茂樹アクティブシティ推進グループ長と、Nスポーツコミッションなよろの松澤大介事務局長が、名寄市で進められている「アクティブシティ」の取り組みを紹介しました。アクティブシティは、スポーツの持つ価値を健康や教育だけに限定せず、地域課題の解決や住民のウェルビーイング向上につなげようとするものです。

名寄市のアクティブシティについて紹介する松澤大介氏と澁谷茂樹氏
(左)Nスポなよろ・松澤大介事務局長、(右)SSF・澁谷茂樹アクティブシティ推進グループ グループ長

名寄市では、人口減少やスポーツ施設の老朽化に加え、関係する組織が分かれて活動していることが課題となっていました。そこで、市町村合併後も別々に運営されていた2つのスポーツ協会と、Nスポーツコミッションなよろの前身組織を統合。関係者が繰り返し対話を重ね、現在の組織づくりへとつなげました。

統合後の組織には52の競技団体だけでなく、経済、観光、福祉に関わる団体、建設・土木事業者、バス会社、地域金融機関、大学なども参加しています。スポーツ関係者だけで完結させず、異なる立場の人々が一緒に地域の将来を考えられる点が特徴です。

こうした組織づくりを土台として、小学校から高校までの育成の流れを競技団体の垣根を越えて一本化する「ジュニアスポーツエコシステム形成事業」も進められています。松澤さんは、地域で育った有望な選手が競技を続けるために旭川市や札幌市の高校へ進学し、地元を離れてしまう課題を説明しました。子どもたちが地域に暮らしながら競技を続けられる環境を整え、指導者や関係団体が連携して成長を支えることを目指しています。

澁谷さんは、名寄市には比較的若い指導者が多く、経験を積んだ指導者も若手の意見に耳を傾ける風土があると紹介しました。一方で、指導者同士の横のつながりには改善の余地があり、現場の関係者が課題を自分事として捉えることも求められています。組織を一つにまとめるだけでなく、互いの知識や経験を共有できる関係を育てることが、地域のスポーツ基盤を継続させる鍵になりそうです。

よそ者や若者の力を生かす地域の受け入れ方

第3部では、リレハンメルオリンピック金メダリストで名寄市特別参与の阿部雅司さんも加わり、「スポーツから生み出す、地域のウェルビーイング」をテーマにクロストークが行われました。

地域のウェルビーイングについて意見を交わすクロストークの登壇者5人
左から滝田氏、阿部氏、木村氏、澁谷氏、松澤氏

名寄市出身ではない阿部さんは、地域に入った当初の不安を抱えながらも、商店街の全店舗から理解を得て、警察の許可を取り、街中でのローラースキーを実現した経験を紹介しました。地域の外から来た人材が力を発揮するには、現地を知り、相手の話を丁寧に聞き、地道に信頼を得る姿勢が欠かせないことがうかがえます。

地域での信頼づくりやスポーツ人材の活躍について語るクロストークの様子

受け入れる地域側にも、目指す方向を分かりやすく伝え、経験を持つ人材が動きやすい環境を整えることが必要です。木村さんは、よそ者や若者の力を生かすためには、地域の重鎮が一定の裁量を与える姿勢も大切だと語りました。外から来る人の熱意と、地域側の受け入れる姿勢の両方がそろうことで、新しい動きが生まれやすくなるのでしょう。

スポーツを入り口に地域の仕事を捉え直す機会

今回のセミナーで印象的なのは、スポーツが競技や健康づくりだけでなく、地域経営や人材育成、観光、福祉、教育をつなぐ接点として捉えられていたことです。名寄市の事例からは、異なる組織を一つにまとめるだけでは十分ではなく、立場の違う人たちが対話を重ね、課題を共有できる関係を育てることの大切さが見えてきます。

また、外部の人材が地域で活躍するには、専門的な能力に加え、現地の声を聞き、時間をかけて信頼を築く姿勢が欠かせません。地域側にも、目指す未来を示しながら、新しく加わる人が行動できる余白を用意することが求められます。スポーツで培った経験をどこで生かすか。その選択肢を地域まで広げて考えることは、スポーツ人材だけでなく、担い手を求める地方都市にとっても、新たな可能性を見つけるきっかけになりそうです。

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