
オフィスで過ごす一日のなかには、エレベーターを待つ時間やフロアを移動する時間など、ほんの短い「隙間時間」があります。わずかな時間でも、目に入る景色によって気持ちが切り替わったり、張り詰めていた心が少し和らいだりすることがあるかもしれません。
一方、オフィスや商業施設に設置されるデジタルサイネージは、同じ映像を繰り返すと新鮮さが薄れ、種類を増やせば制作や更新の負担が大きくなるという課題を抱えています。こうした空間の心地よさと運用面の課題に向き合う試みとして、point0、NTTアーバンソリューションズ、NTT都市開発、ピーディーシー、丹青社の5社は、札幌の新たなオフィスビルで生成AIを活用した実証放映を始めます。
札幌の新ビルに登場する変化するデジタルアート
舞台となるのは、2026年10月3日にグランドオープンを予定している「アーバンネット札幌リンクタワー」です。ノース2階のオフィスロビーに、生成AIを活用した空間演出技術『Utsuroi Art』によるデジタルアートが展開されます。
特徴は、現地の時間帯や季節、天候に合わせて、画面に映るアートの表情がリアルタイムに変化することです。訪れる時間やその日の空模様によって異なる作品と出会えるため、ロビーを通る人にとっても単調になりにくい演出となっています。
目指しているのは、ビルの魅力を高めることだけではありません。出社時や移動時に生じる無機質な待ち時間を、短いアート鑑賞の時間へと変え、働く人の心理的な負担を和らげることも目的の一つです。
環境だけでなく人や地域にも寄り添うアート

『Utsuroi Art』は、時間帯や季節、天気などの環境情報を反映しながら、表情を変えていくデジタルアートです。サービス全体では、朝・昼・夕・夜の移ろいに合わせて光や色合いを変え、春夏秋冬の色彩や空気感、その日の晴れ・雨・曇り・雪を作品に映し出します。日々変化するコンテンツが空間に心地よいリズムを生み、自然や地域とのつながりを感じられる体験につなげます。
利用する人や場面に合わせた表現も、『Utsuroi Art』が大切にする要素です。サーカディアンリズムに沿って時間帯ごとに色調や雰囲気を変えるほか、利用シーンや感じ方の違いに応じて刺激量を調整するなど、ニューロダイバーシティに配慮した空間体験を目指しています。
さらに、企業の歴史や文化、価値観を物語として表現したり、地域の風景や文化を季節・時間・天気の変化と組み合わせたりすることもできます。今回の札幌での実証では、こうした特長を生かし、北海道の風景を朝・昼・夕の時間帯や季節、天候に合わせて変化させます。
繰り返す映像から「その瞬間に出会う作品」へ
従来のデジタルサイネージでは、映像を長期間繰り返すことによる鮮度の低下や、コンテンツを増やすほど更新・管理に手間がかかることが課題とされてきました。『Utsuroi Art』は、生成AIを用いて多彩な映像を生み出すことで、新鮮さの維持と運用負荷の軽減を両立できるかを検証します。
point0が運営するコワーキングスペース「point 0 marunouchi」で行われた同様の実証では、利用者の96%が「アートが定期的に変化することに価値を感じる」、81%が「展示されたアートでリラックスできた」と回答したとされています。空間のなかで変化するアートが、働く人の気分に穏やかな影響を与える可能性がうかがえます。
北海道の風景を描く273パターンの表現

今回放映されるのは、札幌や北海道をモチーフにした風景です。実写をそのまま再現するのではなく、生成AIによる抽象度の高い絵画風の表現を採用しています。情報があふれる日常から少し距離を置き、見る人の記憶や感性に委ねられる「鑑賞の余白」を大切にした構成です。
春夏秋冬の4つの季節と、朝・昼・夕の3つの時間帯を軸に、「晴・曇・雨・雪」の天候アニメーションを動的に重ねます。その組み合わせによって生まれるアートは全273パターン。日々同じロビーを通る人にも、その瞬間ならではの風景を届けます。
異なる専門分野を持つ5社による実証体制
実証には、施設運営、サイネージ、空間デザイン、生成AIなど、それぞれ異なる分野の知見が生かされています。
NTTアーバンソリューションズとNTT都市開発は、実証フィールドの提供に加え、コンテンツ品質や運用、AI活用上のリスクを検証します。ピーディーシーはサイネージシステムの構築とコンテンツディレクション、丹青社は企画や空間との調整を担当。point0はコンテンツ制作の監修と技術提供を担います。
なお、使用される技術は、ダイキン工業と大阪大学の包括連携による開発成果であり、ダイキン工業が権利を持つ特許を活用しています。
働く場所に生まれる小さな「鑑賞の余白」
生成AIというと、文章や画像を効率よく作る技術に注目が集まりがちです。今回の取り組みで印象的なのは、その技術を目立たせることよりも、季節や空模様を映し出しながら、働く人がふと立ち止まれる時間をつくろうとしている点です。
毎日通る場所であっても、朝と夕方、晴れの日と雪の日では、目にする作品が変わります。その小さな変化は、慌ただしい仕事の合間に気持ちを切り替えるきっかけになるかもしれません。同時に、施設側にとっては、コンテンツの鮮度を保ちながら制作・更新の負担を抑えられるかが重要な検証点となります。今回得られる知見が、オフィスだけでなく商業施設や文化施設などへどのように生かされていくのか、今後の展開も気になるところです。

