職人の感性×生成AIで生まれる次の味、老舗ボンとらやが挑んだ3カ月の商品開発PoC

新しいお菓子やメニューを考えるとき、担当者の前にはいくつもの壁があります。「アイデアがいつも似た方向に寄ってしまう」「企画書やイメージ画像を作るだけでも時間がかかる」「ブランドらしさと製造条件の両方を満たす案が見つからない」。食の好みやトレンドが細分化し、移り変わるスピードも速くなるなか、限られた人数で多くの可能性を検討するのは簡単ではありません。

一方で、長く親しまれてきた味には、守りたい個性や積み重ねてきた技術があります。新しさだけを追うのではなく、その店らしさをどう残すかも大切です。こうした商品開発の初期工程を支える方法として注目されるのが、生成AIの活用です。菓子・飲食業界向けAIプラットフォーム「Ameiro(あめいろ)」を提供するルーテックス株式会社は、愛知県豊橋市の老舗和洋菓子専門店「ボンとらや」と、約3カ月間にわたる実証実験を行いました。

生成AIと老舗菓子店が取り組んだ商品開発

両社による実証実験(PoC)。ボンとらや様の「ピレーネ」トートバッグとともに

実証実験は2026年4月18日に始まり、週次ミーティングで改善を重ねながら約3カ月間にわたって行われました。テーマとなったのは、生成AIを活用した新商品の企画です。

Ameiroにボンとらやのレシピやブランド資料を取り込み、フードトレンドや既存商品を起点に新しい案を作成。AIは商品名やコンセプトだけでなく、原材料の配合、製造工程、マーケティング戦略、パッケージ画像までをまとめて提案しました。

ボンとらやは、生成された案をブランドとの相性、製造の実現可能性、独自性、市場性、画像品質などの観点から評価しました。その結果、看板商品「ピレーネ」の新フレーバーとして「大葉」や「夏みかんソーダ」などが候補に選ばれています。AIが出した案をそのまま商品化するのではなく、菓子づくりに携わる人が確かめ、選ぶ流れが採られた点も特徴です。

50年以上愛される「ピレーネ」の新たな挑戦

ボンとらやは、1948年に初代の佐藤寅蔵氏が菓子の販売を始めたことを原点とし、1951年に創業した和洋菓子専門店です。現在は東三河エリアの豊橋、豊川、田原、湖西に12店舗を展開しています。

看板商品のピレーネは、ふわふわのスポンジで特製の生クリームを包んだ、50年以上続くロングセラーです。1日に3,000個以上売れることもあり、“豊橋ソウルスイーツ”として地域で親しまれてきました。

ボンとらや様「ピレーネ」の多彩なフレーバー。左側は有楽製菓「ブラックサンダー」とのコラボ商品「ブラックサンダーピレーネ」
ボンとらや様はユニクロ豊橋ミラまち店‪をはじめ、他企業とのコラボにも積極的に取り組んでいます。

伝統を大切にする一方、商品開発には柔軟な姿勢を見せています。2018年には有楽製菓の「ブラックサンダー」と組んだ「ブラックサンダーピレーネ」を発売しました。ユニクロ豊橋ミラまち店をはじめとする他企業との企画にも取り組んでいます。ピレーネバニラ、初代寅蔵どらやき、あんぱんまんじゅうは、モンドセレクション金賞も受賞しました。守り続けてきた味と、新しい発想を受け入れる姿勢の両方が、今回の実証実験にもつながっています。

企画からパッケージ画像まで支える「Ameiro」

Ameiroは、菓子や飲食に関する新商品開発のワークフローを生成AIで支援するプラットフォームです。Anthropic社のAI「Claude」を中核とし、画像生成AIも組み合わせています。

Ameiroの実画面。生成した商品案を一覧で比較・検討できる

フードトレンドや既存の商品シリーズをもとに、商品名、コンセプト、原材料配合、製造工程、品質管理基準、マーケティング戦略、パッケージ画像などを一連の企画として生成できます。「自社向け開発」「競合リサーチ」「コラボ企画」の3つのモードが用意され、生成した複数の商品案を画面上で比較できる仕組みです。

Ameiroが生成した新商品コンセプトの例(パッケージ画像はAI生成イメージ)

また、RAGと呼ばれる社内資料活用機能により、レシピ、ブランドガイドライン、議事録などを企画に反映できます。独自の食材データベースを利用し、バッチ単位の原材料配合や製造工程、原価計算まで扱えるとされています。汎用的なチャットAIよりも、食品の商品開発に踏み込んだ情報を検討材料として提示する設計です。

「AIだけで作る」のではない職人との役割分担

ボンとらやの商品開発担当者は、従来、新商品の初期企画に時間がかかり、アイデアを出せる人も社内の数人に限られていたと説明しています。Ameiroの利用を通じて、初期工程の効率化に加え、より多くの人が構想に参加し、多様な案を試せる手応えを得たとコメントしました。

ルーテックスの代表取締役・大森貴之氏は、生成AIを職人やシェフの創造性に代わるものではなく、アイデアの探索と企画立案を速める「共創パートナー」と位置づけています。

今回の進め方からも、味や品質をAIだけで決めるのではなく、候補を広げる部分をAIが支え、実現可能性やブランドらしさを人が判断する役割分担が見えてきます。企画段階で多くの選択肢を並べられれば、職人や担当者は、試作すべき案の見極めに時間を使いやすくなりそうです。

菓子店からレストランやカフェへの展開

ルーテックスは今回の成果を踏まえ、Ameiroの対象を菓子メーカーから飲食業界全体へ広げるアップデートを準備しています。今後はレストラン、カフェ、ベーカリーなどに向け、新商品や新メニューの企画、コンセプト設計、原価計算を支援する機能を順次追加する予定です。

あわせて、新たな実証実験のパートナー企業も募集しています。期間は約3カ月で、週次レビューを交えながら、各社のブランド資料やレシピを反映した企画とビジュアルを生成します。対象は菓子メーカーのほか、レストラン、カフェ、ベーカリーなどで、募集社数は先着3社。費用は原則無償ですが、実施範囲によって一部負担が生じる場合があります。提供された資料やレシピは、AIの学習には利用しないとしています。

Ameiro 詳細・PoCのお問い合わせ:https://routexstartups.com/ameiro/

受け継いだ味と新しい発想をつなぐ商品開発

今回の取り組みで印象的なのは、生成AIを目新しい商品を自動的に生み出す道具としてではなく、老舗が積み重ねてきた味やブランドを出発点に、企画の選択肢を広げる存在として活用していることです。「大葉」や「夏みかんソーダ」といった意外性のある候補も、最終的には人の目でブランドとの相性や製造の現実性を確かめています。AIが得意な大量の案出しと、職人や担当者が持つ経験や感覚を組み合わせることで、伝統と新しさの間に無理のない接点をつくれるのかもしれません。菓子からレストランやカフェへ対象が広がれば、地域の味や店ごとの個性を生かしたメニューづくりにも活用の余地があります。生成AIが何を作るかだけでなく、人がどう選び、磨き上げるかが、これからの商品開発ではますます大切になりそうです。

おすすめの記事