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採血教育の“暗黙知”を可視化 VR分析ツールが奨励賞を受賞

医療の現場において「採血」は日常的に行われる基本的な手技のひとつですが、その一方で、習得に不安を感じる人が少なくない領域でもあります。特に経験の浅い医療従事者にとっては、患者に針を刺すという行為そのものへの心理的ハードルに加え、失敗が許されない緊張感も重なり、大きな負担となりがちです。また、指導する側にとっても、採血の技術は言葉だけで伝えにくく、どうしても経験や感覚に頼った教育になりやすいという側面があります。
こうした背景のなか、近年では医療教育の分野にもVR技術が活用されるようになり、より安全かつ効率的な学習環境の整備が進んでいます。そうした流れの中で登場したのが、採血動作をVRで再現し、技術をデータとして可視化できる「採血VR」です。この取り組みが、「第38回 中小企業優秀新技術・新製品賞」において奨励賞を受賞しました。採血という日常的な業務に、新しい学びの選択肢を提示する事例として注目されます。

「採血VR」が奨励賞を受賞

今回受賞したのは、株式会社セカンド・サイドが開発した「採血VR」です。本製品は、「第38回 中小企業優秀新技術・新製品賞」において奨励賞を受賞しました。
同賞は、中小企業による新技術や新製品を対象とした表彰制度であり、「採血VR」はその対象のひとつとして選出されています。医療現場における採血技術の習得を支援するツールとして開発されたもので、VRを活用したトレーニング環境を提供する点が特徴です。

採血現場で起きている課題

医療現場では、採血に対する不安が人材の定着にも影響している状況が見られます。看護師向けの転職サービスでは「採血なし」が特集や検索キーワードとして扱われることもあり、採血業務への心理的なハードルが一定数存在していることがうかがえます。
新人の3〜4割が「採血ができない」「怖い」と感じているとされ、その不安が離職や配置転換につながるケースもあるとされています。また、不安を抱える新人への指導はOJTに依存する場面が多く、ベテランスタッフに負担が集中しやすい点も課題です。こうした状況が続くことで、教育体制の維持が難しくなる循環も指摘されています。

背景には、採血教育が「カン」や「コツ」といった暗黙知に依存している点があります。「このくらいの角度で」「このくらいの速さで」といった感覚的な指導が中心となり、学習者が自分の手技を客観的に把握しづらい状況にあります。
一方で、弘前大学や京都大学などの研究では、熟練者の採血動作には共通するパターンがあり、「針の角度」「刺す深さ」「スピード」「安定性」などの要素で数値化できる可能性が示されています。技術としての基準が存在しながら、それを教育に落とし込む手段が限られている点が、課題のひとつとなっています。

「疑似体験」にとどまらない、採血スキルの可視化ツール

「採血VR」は、一般的なシミュレーションのように採血の“疑似体験”を目的としたツールではなく、手技そのものをデータとして捉える「スキル分析ツール」として設計されています。
海外製品で見られるような触覚の再現(ハプティクス)をあえて追求せず、学習者の手の動きを市販のVR機器で精密に追跡。ミリ単位・度単位で動きを計測し、採血の一連の動作を3ステップ・11項目に分けて客観的に評価します。
例えば、うまくいかなかった原因についても、「針の角度が血管の走行に対してどの程度ずれていたか」といった形で具体的に示されます。これにより、「どこをどのように改善すればよいのか」が明確になり、感覚に頼らない形での学習が可能になります。
これまで「カン」や「コツ」として扱われてきた採血手技を、誰もが理解し再現できる形へと整理していく点が、このツールの特徴のひとつです。

「採血VR」を支える5つのポイント

「採血VR」には、実際のトレーニングを支えるさまざまな機能が備えられています。

3ステップ・11項目の客観的分析

穿刺前・穿刺・穿刺後の各フェーズを11項目に分けてデータ化。感覚ではなく数値に基づいたフィードバックを受けることができます。

高精細な血管の再現

実在の腕を3Dスキャン(フォトグラメトリ)し、皮膚の質感や凹凸、色の変化まで再現。視診でも違和感の少ないリアルな表現が特徴です。

多様な患者モデル

血管が見えにくい高齢者や、血管が深いケースなど、代表的な5タイプの腕を再現。さまざまな状況を想定した練習が可能です。

実写による患者の反応

手技の結果に応じて、患者役の人物が声や表情で反応。実際の現場に近い緊張感の中でトレーニングを行えます。

一式10万円以下の低コスト設計

市販のVR機器を活用することで、従来のシミュレーターと比べて導入しやすい価格帯を実現。待ち時間なく、自分のペースで繰り返し練習できる環境が整えられています。

開発の背景と、評価に至るまでのプロセス

株式会社セカンド・サイドは、1991年の創業以来、30年以上にわたり教育分野におけるデジタル教材の開発に携わってきました。ベネッセ・コーポレーションや教科書会社向けのコンテンツ制作を通じて、「行動変容」や「教育効果の最大化」といった観点を重視した開発を続けてきたとされています。
こうした知見を背景に、監修医師である竹尾浩紀との協働により、「採血VR」が開発されました。
開発にあたっては、手技をデータとして分析できる点が価値として伝わると想定されていましたが、実際の現場からは異なる反応も見られました。体験したベテラン看護師からは、「触覚がない」「従来の模型の方がわかりやすい」といった声や、数値による評価に対する違和感が示されることもあったといいます。
VRに対して“現実の再現”が期待されていたこと、また、データによる評価そのものに対する受け止め方の違いもあり、製品の価値の伝え方について試行錯誤が続いたとされています。
その後、「VRによる疑似体験」ではなく、「データに基づいて手技を分析するツール」である点を前面に打ち出すことで、製品の位置づけが整理されていきました。今回の受賞は、そうした本来の意図が評価された結果のひとつとされています。

日常業務の中にある課題に向き合う取り組みとして

採血は日々の医療現場で繰り返される基本的な業務ですが、その裏側には、習得の難しさや教育の課題といった側面が存在しています。「採血VR」は、そうした日常の中にある課題に目を向け、新しい形での解決を試みる取り組みのひとつといえます。
特別な技術を扱うというよりも、日常的なスキルをどう学びやすくするかに焦点を当てている点が印象的です。これまで当たり前とされてきた学び方に、小さな変化を加えるような存在として、今後の広がりにも自然と関心が向きます。

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