温泉旅館を地域創生の拠点へ、嬉野で始まるリジェネラティブプロジェクト

地域の自然や文化を守ることと、そこで暮らす人の仕事や収入を生み出すこと。この二つを両立させるには、環境への配慮を一時的な活動で終わらせず、地域の産業として続けられる仕組みが必要です。農産物や工芸品の背景にある環境価値を伝え、新しい観光体験や事業機会へつなげることは、人口減少や担い手不足に直面する地域にとって大切な視点になっています。

佐賀県嬉野市には、1300年を超える歴史を持つ嬉野温泉をはじめ、うれしの茶や肥前吉田焼など、多彩な地域資源があります。株式会社イノベーションパートナーズ、株式会社和多屋別荘、株式会社UPDATERの3社は2026年8月7日、これらの資源と再生可能エネルギー、デジタル技術を組み合わせる「嬉野・地域創生リジェネラティブプロジェクト」を始動しました。

豊かな地域資源を地域経済の力へ

うれしの茶の畑で行われる「ティーツーリズム」の様子

嬉野市では、2050年までに人口が約37%減少すると見込まれ、第一次産業の後継者不足も深刻になっています。一方で、市内には歴史ある嬉野温泉、独自の釜炒り製法を受け継ぐうれしの茶、約400年の歴史を持つ肥前吉田焼など、観光や地域産業の基盤となる資源が集まっています。

世界では環境に配慮して作られた産品への関心が高まり、商品そのものだけでなく、生産地や製造工程も含めて選ぶ動きが広がっています。今回のプロジェクトは、こうした需要と嬉野が持つ可能性をつなぎ、サステナブルな活動を地域のブランドや収益につなげることを目指すものです。

地域の価値を循環させる三段階のプロジェクト

プロジェクトでは、和多屋別荘が持つ約2万坪の敷地を実証フィールドとして活用します。地域事業者や農家、行政、企業と連携し、地域産品の付加価値向上と事業者の収益拡大につながる仕組みを検討します。

最初の段階は、嬉野の資源と課題を結びつける「経済設計」です。営農型太陽光発電や再生可能エネルギーの地産地消、生産・流通過程の可視化などを通じ、農家や地域事業者が継続的に収益を得られる環境を整えます。

そこから、取り組みを「嬉野はサステナブルな産地」というブランドへ育て、国内外へ発信します。さらに、ブランドに関心を持った企業や旅行者、移住希望者を地域へ呼び込み、関係人口や企業誘致の拡大へつなげます。新たな投資や雇用、需要が次の地域づくりを支える循環を描いています。

茶畑で目指す「農業とエネルギー」の地産地消

2026年度に着手するテーマの一つが、茶畑への営農型太陽光発電、いわゆるソーラーシェアリングの導入可能性の調査です。農地で茶葉を育てながら、上部に設置した設備で太陽光発電を行う仕組みについて、地域事業者や農家、行政と検討します。

発電した電力の活用や売電による収入が加われば、農家の経営を支える新たな選択肢になります。再生可能エネルギーを活用して生産した「脱炭素な茶葉」として環境面の価値を示し、うれしの茶の付加価値を高めることも構想されています。

生産背景の可視化から始まる海外展開

地域産品の生産・流通過程を可視化し、「証明できる産地」としての価値を高める取り組みも進めます。和多屋別荘はすでにクオンクロップ社と、生産から流通までに生じる環境負荷の可視化に取り組んでいます。

ここへUPDATERの証明技術と、欧州で段階的に導入されているDPP(デジタルプロダクトパスポート)を組み合わせます。DPPは、製品の原材料や製造工程、環境負荷などの情報をデジタルで記録し、QRコードなどから確認できるようにする仕組みです。

産品がどこで、誰によって、どのように作られたのかを伝えることで、生産背景や環境への配慮も価値として届けられます。環境意識の高い欧州などへの輸出をはじめ、嬉野産品の海外展開を広げる考えです。

旅を通じて嬉野の営みに触れる仕掛け

和多屋別荘が展開してきたリジェネラティブ・ツーリズムの拡充も計画されています。これは旅による負担を抑えるだけでなく、訪れた人が地域の文化や自然、産業に関わり、その土地をより良い状態へつなげていく観光の考え方です。

うれしの茶の畑を訪ね、作り手の話を聞き、産品が生まれる過程を知る体験は、嬉野の魅力を深く理解するきっかけになります。UPDATERが持つ都市部の生活者コミュニティや、イノベーションパートナーズの発信力を生かし、地域のファンや関係人口を増やしていく方針です。

3社の連携から描く嬉野のこれから

和多屋別荘は約2万坪の敷地と地域ネットワークを生かし、実証の場を提供します。2022年にはイノベーションパートナーズと共同で、企業が集う「Onsen Incubation Center(OIC)」を旅館内に開設しました。

イノベーションパートナーズは、OICと「URESHINO LIVING LAB」の運営を通じて培った経験を基に、企業間共創の企画から実装、情報発信までを担います。UPDATERは、再生可能エネルギーと「顔の見える」トレーサビリティ技術を提供します。

今後は地域産品へのサステナブルな付加価値の付与から着手し、OICを活用した企業誘致や関係人口の増加を図ります。UPDATERの法人ネットワークや生活者コミュニティを通じ、嬉野の価値を都市部や海外へ発信する計画です。将来的には、和多屋別荘の観光ノウハウも組み合わせ、ほかの地域でも活用できる持続可能な地域モデルの確立を目指します。

3人のコメントに映る地域共創への思い

和多屋別荘の小原嘉元代表は、嬉野茶の生産から提供までの環境負荷をLCAで可視化した結果、エネルギー消費や輸送に課題があることが分かったと説明しています。今回の連携を通じ、これまで築いてきた地域の仕組みを嬉野市全体へ広げる考えです。

イノベーションパートナーズの本田晋一郎代表は、地域の事業者とUPDATERの取り組みをつなぎ、速やかに地域へ実装することが自社の役割だとしています。嬉野で生まれた取り組みを、鹿島や武雄など周辺地域へ広げることも見据えています。

UPDATERの大石英司代表は、ブロックチェーンなどの技術を活用し、地域産品の生産背景や環境価値、生産者の思いを可視化すると説明しています。それらを産品の高付加価値化と、新しい経済循環につなげる方針です。

サステナビリティを地域の日常へ変える一歩

今回の取り組みで印象的なのは、環境への配慮を単独の活動として扱わず、農家の収入、産品の価値、観光体験、企業誘致へつなげようとしている点です。温泉旅館を宿泊の場だけでなく、地域の課題を解決する実証拠点として開くことにも、嬉野ならではの可能性が感じられます。

農業、エネルギー、デジタル技術、観光は、それぞれ別の分野に見えます。しかし、地域の資源を中心に置いて結び直すことで、一つの取り組みが次の収益や交流を生む流れが見えてきます。大切なのは、構想を掲げるだけでなく、地域の人々と小さな実証を積み重ね、日常の産業として根づかせていくことでしょう。嬉野で生まれた循環が地域内でどのように育ち、周辺地域や全国へ応用されていくのか、これからの歩みに注目したいところです。

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