
企業の魅力を伝える映像と聞くと、商品やサービス、そこで働く人の姿を分かりやすくまとめた“企業紹介”を思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、その会社の中には、まだ本人たちさえ気づいていない物語が眠っているとしたら――。
2026年9月29日、「Visual EXPO by BRANDED SHORTS」で開催されたセミナー「企業を『取材』し、1本の映画にする。― 講談社が始めるエディトリアルフィルムとは ―」では、出版社が長年培ってきた“取材・編集”の力を、企業や地域の映像づくりへ広げる新たな試みが紹介されました。
現場へ行き、人に会い、話を聞く。そこから、まだ言葉になっていない価値を見つけ、一本の映画へ育てていく。セミナーでは、その発想が生まれた背景から実際の取材事例、新たなアワードの発表まで、企業映像のこれからを考えるさまざまなヒントが語られました。
すぐに消費される広告ではなく、長く残るものへ
「Visual EXPO by BRANDED SHORTS」は、企業やブランドのブランディング映像を紹介・表彰してきた「BRANDED SHORTS」が、11年目を迎えた2026年に発展させたイベントです。
「映像の力で、ビジネスの未来を創る。」をコンセプトに、広告や生成AI、バーチャルヒューマン、地域創生などをテーマとした7つのセミナーが開催されました。

今回登壇したのは、講談社の長崎亘宏氏と岩切秀一氏、ビジュアルボイス代表取締役社長の別所哲也氏です。

セミナーの前半で長崎氏が紹介したのが、広告を取り巻く環境の変化でした。
企業のマーケティングでは、長期的なファンづくりやブランドイメージの構築が重視される一方、生活者と広告との距離は少しずつ広がっています。
短期間で認知を広げたり、行動につなげたりする広告はもちろん必要です。ただ、それとは別に、時間をかけながらブランドへの信頼を積み重ねていくアプローチも必要なのではないか。

そこで示されたのが、「SLOW ADVERTISING」という考え方です。
長崎氏は、1990年代に広がったスローフードの考え方を引き合いに出し、ファストなものを否定するのではなく、それとは異なる価値を持つものも必要だと説明しました。
目指すのは、現れてすぐに消費される広告ではなく、長く心に残り、ブランドとの関係を育てていくような広告体験です。

出版社の「編集」は、まだ見えていない価値を見つけること
その先にある新たな取り組みが、「講談社エディトリアルフィルム」です。
企業や地域が伝えたいことをそのまま映像化するのではなく、出版社が培ってきた「編集力」を起点に、まだ言葉になっていない価値や物語を発見し、一本の映画として未来に残していく映像制作事業です。
この考え方について説明した岩切氏は、出版社における「編集」という言葉について掘り下げていきました。
映像の世界で編集というと、撮影した素材をつないだり整えたりする作業を思い浮かべるかもしれません。

一方、出版社における編集は、それだけではありません。
新しいトレンドを見つけること。まだ知られていない才能を見つけること。人に会い、話を聞き、まだ名前のついていない価値を言葉にしていくこと。
岩切氏は、自身の編集者としての経験や、その後広告営業として編集者たちの仕事を間近で見てきた経験から、「編集とは、まだ見えていない価値を見つける仕事なのではないか」という考えに至ったと話します。

企業や自治体の中にも、まだ“編集されていない物語”がある。
そこへ出版社の編集力を持ち込むことで、新しい映像づくりができるのではないか。そんな発想から、エディトリアルフィルムは生まれました。
良い物語は、“良い問い”から始まる
では、その物語をどのように探していくのでしょうか。
岩切氏が大切にしていると話したのが、「問いを立てること」です。
企業や自治体へ取材に入る際には、あらかじめ課題について仮説を立てます。しかし、実際に話を聞いてみると「そうではない」と教えられることもある。その予想とのズレにこそ、新しい発見があるといいます。
セミナーでは、
「この会社で一番映画になりそうな人は誰ですか」
「未来に残したいものは何ですか」
といった問いも紹介されました。
企業が見せたい姿だけを受け取るのではなく、その歴史や人、葛藤、変化、文化などをさまざまな角度から掘り下げていく。
映画を作る前に、まずストーリーを見つける。
ここに、エディトリアルフィルムの大きな特徴があります。

完成するまでの“途中”もコンテンツに
さらに岩切氏は、取材で見つけた「物語の種」を映画へ育てていくだけでなく、その途中のプロセス自体も記事やWebコンテンツとして公開していく構想を紹介しました。
完成した映像だけを届けるのではなく、取材によってどんな発見があり、それがどう作品へ変わっていくのかまで見せていくという考え方です。

この話を受けて別所氏が触れたのが、「プロセスマーケティング」でした。
舞台の稽古風景を公開したり、オーディションの過程そのものをコンテンツとして見せたりすることで、完成する前から観客が作品に関わっていく。別所氏は、今後のブランデッドムービーでも、そうした“作られていく途中”を共有することが一つの鍵になるのではないかと話します。

これまでは完成するまで隠されることの多かった制作過程も、見せ方次第では企業と生活者をつなぐ物語になる。
出版社が記事と映像の両方を扱えるからこそ、広がる可能性でもあります。
北海道・十勝で行われた“未来へのロケハン”
その考え方を実際に試した事例として紹介されたのが、北海道・十勝で行われた取材です。
岩切氏は、この取り組みを「未来へのロケハン」と表現しました。
映画制作では、撮影前に実際の場所を訪れ、ロケーションを探す「ロケハン」が行われます。それと同じように企業や地域へ足を運び、まだ映画になっていない“物語の種”を探していこうという発想です。

講談社のチームは今回のセミナーに向け、1泊2日で十勝を取材しました。
訪れる前には、人口減少や事業承継といった地域課題を想定していたといいます。しかし、現地で実際に人々の話を聞くと、見えてきたものは少し違いました。
十勝で働く人たちは、その土地で仕事をすることに誇りを持ち、自分たちの地域を次の世代へ残そうとしていました。
中でも岩切氏が“物語の種”として挙げたのが、子どもたちにも「ここで働きたい」と思ってもらえる未来を残したいという、現地で出会った人の思いです。
会場では、十勝での取材をまとめた映像も上映されました。
映像が終わると、岩切氏がしばらく言葉を詰まらせ、涙ぐむ場面も。
岩切氏にとっても、頭の中で描いていた「未来へのロケハン」という仮説が、実際に人と出会い、話を聞くことで確かな手応えへと変わった瞬間だったのかもしれません。
その後、岩切氏は十勝での取材について、現地へ行ったからこそ「これ自体が映画になる」と感じる瞬間があったと振り返りました。

AI時代だからこそ、人が人を取材する意味
十勝での話から、セミナーはAI時代における「取材」の意味へと広がっていきました。
別所氏は、AIが既存のデータをつなぎ合わせることはできても、現在進行形で起きていることや、その場にいる人の物語は、現場へ行かなければ見つけられないのではないかと問いかけます。
これを受けて長崎氏も、映像制作の世界においてAIは今後欠かせない存在になるとしながら、一方で、人が人に会うことで生まれる“ゼロから1”の発見が大切だと話しました。
セミナーでは「ヒューマニティ」や「オーセンティシティ」という言葉も登場します。
AIによって表現の選択肢が広がっていくからこそ、その企業にしかないもの、その人だからこそ語れることをどう見つけるか。
「取材」という、人と人が向き合う行為の意味が改めて浮かび上がる場面でした。
「EDITORIAL FILM AWARD by KODANSHA」を新設
セミナー終盤には、新たな発表もありました。
BRANDED SHORTSの新しい部門賞として、「EDITORIAL FILM AWARD by KODANSHA」が新設されます。

長崎氏によると、審査ではBRANDED SHORTSの既存の選考基準に加え、エディトリアルフィルムならではの視点も設けられます。
企業や地域の本質を捉えられているか。そこに関わる人が誇りを持てる作品になっているか。未来への視点があるか。そして、物語として人の心に届くものになっているか。
さらに、受賞作品をもとに講談社が編集・制作する「ブランドブック」を贈呈する構想も紹介されました。
募集は今回の発表を機に始まり、2027年の表彰を予定しています。
“当たり前”の中に眠る物語を、未来へ
企業の歴史や技術、そこで働く人の思い。
毎日その場所にいる人にとっては当たり前すぎて、あえて語られてこなかったこともあるでしょう。
けれど、外から来た誰かが問いを投げ、人に会い、じっくり話を聞くことで、その“当たり前”が初めて物語として見えてくることがあります。
今回のセミナーを通して特に印象に残ったのは、「企業の映画を作ること」よりも、その前にある“映画になる物語を見つけること”に、多くの時間をかけようとしている点でした。
十勝の映像を見ながら涙ぐむ岩切氏の姿も、人と向き合う中で見つかった物語には、企画書だけでは生まれない力があることを感じさせます。
これからどんな企業や地域へ“未来へのロケハン”が行われ、そこからどんな映画が生まれていくのでしょうか。
新たに始まる「EDITORIAL FILM AWARD by KODANSHA」とともに、その先に生まれる物語にも注目していきたいところです。

