
生成AIの普及によって、企業の業務や意思決定のあり方は大きく変わり始めています。変化の波は大都市の大企業だけに届くものではありません。人手不足や人口減少と向き合う地方企業にとっても、AIをどのように取り入れ、人の力をどこへ振り向けるかは、これからの成長を考えるうえで重要なテーマです。
一方、技術を導入するだけでは、新しい事業や人材が自然に育つとは限りません。地域にある企業、行政、大学などがつながり、それぞれの知見や現場を生かすことも求められます。こうした課題を考える特別イベント「AI時代における企業の価値創造戦略 ──『地方』から見えてくる事業開発と人材開発の未来」が、2026年10月6日に東京・神楽座で開催されました。
主催したのは、広島市にある叡啓大学のソーシャルデザインセンター(SDC)です。広島県の後援、角川アスキー総合研究所とMITテクノロジーレビュー[日本版]の協力のもと、80名を超える参加者が集まりました。
AIが変える企業組織と地方に生まれる新たな機会
基調講演には、『ホワイトカラー消滅』『日本経済AI成長戦略』の著者で、経営共創基盤(IGPI)グループ会長、日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長を務める冨山和彦氏が登壇しました。テーマは「AIエージェント時代の企業と人材」です。
冨山氏は、生成AIの進展に伴い、ホワイトカラー業務の多くが変化していくとの見方を示しました。企業内の仕事は、AIを活用しながら意思決定を担う「ボス」と、現場で専門性を発揮するエキスパートへ分化していくと説明しています。
人口減少や人手不足が進む日本では、限られた人材で価値を生み出すための生産性向上が欠かせません。これまで都市部の大企業へ集中しやすかった高度な知的生産活動も、AIの普及によって地方の中堅・中小企業が利用しやすくなる可能性があります。AIは仕事を効率化する道具であると同時に、地域で新たな事業を生み出す選択肢にもなり得るという視点が示されました。


地方の仕事とAI活用から見えてきた人材育成の課題
続くパネルディスカッションでは、地方に拠点を移し、地域の現場で働く実践者たちが意見を交わしました。
登壇したのは、リクルートから広島銀行へ移り、2024年にひろぎんホールディングス初の女性執行役員へ就任した木下麻子氏、サイボウズ副社長などを経て常石グループへ移った常石商事代表取締役副社長執行役員の津幡靖久氏、角川アスキー総合研究所代表取締役社長の垣貫真和氏、NECから叡啓大学へ転じた早田吉伸教授です。
木下氏は広島での仕事について、手触り感のある市場で、自分たちが動きながら意思決定し、地域をつくっている実感があると語りました。また、地方には「手触り感とスケール感のある仕事の席」があると述べています。
一方、津幡氏は、AIの普及によって地方企業に新たな可能性が生まれるとしながらも、「AIに頼り切った組織を作ってしまうと、ミニボスを育成するチャンスを失う」と指摘しました。AI活用の可能性だけでなく、組織を担う人材をどのように育てるかという課題も示されました。
早田教授は、AIによってデータ化された情報が広く利用される時代には、一次情報や社会実装へ価値が移るとの考えを示しました。そのうえで、地方はAI時代にも価値が残る社会実装の「実験場」になり得ると語っています。都市部とは異なる地域の現場が、新たな取り組みを実践する場所になる可能性が示されました。


大学をハブに企業・行政・人材をつなぐ共創の仕組み
イベントでは、叡啓大学ソーシャルデザインセンターが進める取り組みも紹介されました。同センターは、大学を軸に企業や行政、人材を結び、地域での価値創造を支える役割を担っています。
「共創プログラム」では、企業と学生が一緒に新規事業の創出へ取り組みます。学生にとっては実際の課題に触れる学びとなり、企業にとっては若い世代の視点を取り入れる機会になります。
「ひろしまバリューシフトプログラム」では、首都圏企業などの人材が広島を拠点に、地域企業の新規事業やDXに取り組みます。こうした取り組みを通じ、人材育成と地域での価値創造が進められています。


「地方にこそ、やるべき仕事がある」と示した閉会挨拶
閉会の挨拶には、角川アスキー総合研究所代表取締役社長の垣貫真和氏が登壇しました。垣貫氏は「地方にこそ、やるべき仕事がある」と述べ、AIによって生まれた人や組織の余力をどこで、どのように生かすのかが重要になるとの考えを示しました。
また、冨山氏が提唱した「ボスとミニボス」への組織転換や、首都圏から地方への人材の再配置にも言及。大学をハブとして企業、行政、人材を結ぶ叡啓大学の共創の仕組みについて、広島という一つの都市で同時に試せるようになりつつあると総括しました。


AIと人の力を地域の価値へつなぐために
今回のイベントでは、AIによる業務の変化だけでなく、そこで生まれた人や組織の力をどこへ向けるのかが繰り返し語られました。AIを導入すれば地域や企業の課題が自動的に解決するわけではありません。AIの活用を進める一方で、組織を担う人材を育て、地域の課題を起点に新たな事業や社会実装へ取り組むことも大切です。
地方を支援される側として見るのではなく、新しい働き方や事業を実践する場として捉える視点も印象に残ります。大学が企業、行政、学生、都市部の人材をつなぐことで、技術だけでは生まれにくい学びや共創の機会も育てられます。AIを人の代わりにするだけでなく、人がより価値のある仕事へ向かうために活用できるか。その問いは地方企業に限らず、これからの組織や働き方を考える多くの人にとって、身近なテーマになりそうです。
